仕入先から値上げの申し入れが届いたとき、最初に決めるのは「受けるか、断るか」ではありません。まず協議のテーブルにつき、判断の根拠と説明を記録に残す——この順序が先です。2026年1月1日に下請法が改正・改称され、対象となる取引では、代金の協議を求められたのに必要な説明等をせず一方的に代金を決めることが禁止事項として明文化されました。
対象取引では、金額の妥当性だけでなく協議と説明の進め方も法令上の論点になります。この記事では、値上げ要請を受け取った側の対応を、①適用される法律の確認、②公表資料での根拠の照合、③回答と記録の残し方の順に整理し、自社が受注側に回るときの枠組みも扱います。制度の記載は2026年8月時点のものです。

その取引に「取適法」がかかるかを先に確かめる
2026年1月1日、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の改正法が施行され、法律名が「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に変わりました。新しい通称は「取適法(とりてきほう)」です。親事業者は「委託事業者」、下請事業者は「中小受託事業者」と用語も変わりました(公正取引委員会「取適法リーフレットNo.01」令和7年8月)。
適用の有無は、①取引の内容が対象取引に当たるか、②委託側と受託側の資本金または従業員数の組み合わせが規模要件を満たすか、の両面で判断します。規模の基準は取引類型ごとに定められ、改正で資本金基準に加えて従業員基準が追加されました。対象取引には特定運送委託も加わっています。
工場の購買で分かれ目になりやすいのは、①の取引の内容です。製造委託の「委託」とは、規格・品質・性能・形状・デザインなどを指定して製造や加工を依頼することを指します。規格品・標準品をそのまま購入することは、原則として「委託」に当たりません。ただし、その一部でも自社向けの加工をさせる場合は該当します(公正取引委員会・中小企業庁「中小受託取引適正化法テキスト」令和7年11月)。
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| 確かめること | どこを見るか | 分かれ目 |
|---|---|---|
| 取引の内容 | 物品の製造・加工を依頼し、図面や仕様書で規格等を指定しているか | 指定して依頼していれば製造委託に当たり得る。規格品をそのまま買う取引は原則対象外 |
| 事業者の規模 | 自社と相手方双方の資本金額と従業員数 | 取引類型ごとに定められた、委託側と受託側の資本金または従業員数の組み合わせで判定する |
| 取引の種類 | 建設工事に当たらないか | 建設業を営む者が請け負う建設工事は取適法の対象外 |
「協議に応じない一方的な代金決定」が禁止事項に加わった
取適法では、委託事業者に4つの義務と11の禁止事項が課されています。改正で加わったのが「協議に応じない一方的な代金決定」(第5条第2項第4号)です。費用の変動などの事情が生じ、中小受託事業者が代金の協議を求めたのに、協議に応じない、または求められた事項について必要な説明や情報提供をしないまま一方的に代金を決めることが禁じられました。
ここでの「決定」には、引き上げも引き下げも、従来の価格に据え置くことも含まれます。返答をしないまま従来の単価で発注を続ける場合や、合理的な理由なく回答を引き延ばす場合は、据置きの決定や協議の引き延ばしとして問題となるおそれがあります。
協議を求める形式にも幅があります。前掲テキストでは、「協議を求めた」は書面か口頭かを問わず、協議を希望する意図が客観的に認められる場合を含み、従来の単価を引き上げて計算した見積書の提示もこれに当たり得ます。正式な依頼文書の形でなくても、見積書を受け取った時点から協議の経過を記録しておくと、後の説明がしやすくなります。
同テキストが挙げる、これに当たり得る対応は次のとおりです。
- 協議の拒否:引上げの協議を求められたのに、拒否・無視・引き延ばしをする
- 過度な情報開示の要求:合理的な範囲を超える情報の提示を、協議に応じる条件とする
- 理由なき一部拒否・据置き:合理的な理由を示した求めに、説明も根拠資料もなく一部を拒む、または従前の額を提示する
- 引下げの根拠不提示:自社から引下げを要請し、説明を求められても理由や根拠資料を示さず引下げ額を提示する
労務費の要請額を検討する際は公表資料を判断材料にする
労務費上昇分を検討する際の判断材料について、内閣官房と公正取引委員会は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(令和5年11月29日策定、令和8年1月1日改正)で、発注者・受注者が採るべき行動を12の行動指針として整理しています。
発注者としての行動には、根拠資料を求める場合は公表資料に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示した価格は合理的な根拠があるものとして尊重すること、が挙げられています。満額を受け入れない場合は、その根拠や合理的な理由を説明することが求められます。指針が例示する公表資料は次のとおりです。
- 都道府県別の最低賃金やその上昇率
- 春季労使交渉の妥結額やその上昇率
- 国土交通省が公表する公共工事設計労務単価の関連職種の単価やその上昇率
- 一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃(令和6年国土交通省告示第209号)
- 毎月勤労統計調査の賃金指数・給与額、消費者物価指数、ハローワークの求人票の同業他社賃金
指針には、発注者側の取組事例として、労務費上昇分を次の考え方で概算する例も紹介されています。標準の算定式ではなく、個別の取引には内容やコスト構成を踏まえた協議が要りますが、概算を置いてから差を詰めると、購買・設計・経理で共通の前提を置きやすくなります。
逆に、公表資料に基づく説明が出ているのに、さらに詳細な資料や内部情報まで求め、それを理由に協議しないまま価格を据え置くことは、優越的地位の濫用や買いたたき・協議に応じない一方的な代金決定として問題となるおそれがある、と指針は指摘しています。
回答と記録の残し方を型にする
指針は共通の行動として、価格交渉の記録を作成し双方で保管することを挙げています。担当者の異動があっても、次回の交渉を同じ地点から始められるからです。次の表は法令上の必須事項ではなく、経過を説明できるようにする運用例です。
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| 回答の種類 | 記録に残す内容 | あわせて確認すること |
|---|---|---|
| 要請どおり受け入れる | 根拠にした公表資料と適用時期、対象品目 | 次回の見直し時期を決めたか |
| 一部のみ受け入れる | 受け入れられない部分の理由と考え方の根拠 | 口頭で終えず文書やメールで返したか |
| 今回は据え置く | 協議の経過、提示した説明、双方の合意事項 | 据置きも「決定」に当たると認識したか |
値上げ要請への対応では、価格水準の妥当性に加えて、実質的な協議と説明が行われ、その経過が残っているかが問われます。
支払条件も同じ機会に点検します。取適法は、受領日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で支払期日を定めることを義務付けています。支払が遅れた場合には年率14.6%の遅延利息を支払う必要があります。不当な減額は別途、禁止事項に当たります。改正では手形払等も禁止されました。
自社が受注側に回るときに使える枠組み
自社が納入先へ値上げを求める側では、労務費転嫁指針が示す公表資料や交渉方法を活用できます。取適法上の保護を受けられるかは、取引内容と当事者の規模要件を満たすかによって判断します。中小企業庁は毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」と定め、月間後に受注側中小企業への調査を行っています。
中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査結果」(2026年6月26日公表)によれば、価格交渉が行われた割合は90.7%、価格転嫁率は54.2%でした。コスト要素別では原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%で、労務費の転嫁率は原材料費を下回りました(中小企業庁「価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果」)。

受注側で労務費の転嫁を求める場合も、指針が例示する公表資料を根拠にできます。材料費やエネルギー費は、変動を示す資料を別に整理して協議します。指針は、公表資料が提示されている場合に、合理的な範囲を超える詳細資料や内部情報の提出を協議の条件としないよう求めています。自社の原価情報を提示する場合は、交渉に必要な範囲を検討します。
準備としては、自社のコスト上昇分を要素ごとに分けておきます。電気代であれば再エネ賦課金と燃料費調整額を明細の項目で分けることができますし、基本料金の側は契約電力の決まり方から確認する方法があります。材料費や外注費の見直しは調達・材料費のテーマで扱っています。
相談先としては、よろず支援拠点に設置された価格転嫁サポート窓口、取引かけこみ寺、商工会議所・商工会が指針に挙げられています。
よくある質問
値上げ要請を断ることはできますか
要請された額の全部または一部を受け入れないこと自体が、直ちに違反になるわけではありません。前掲テキストは、該当性は実質的な協議が行われたか否かで判断されるとし、受け入れられない場合はその理由や考え方の根拠を十分に説明することが必要だとしています。
材料を買っているだけの仕入先も取適法の対象ですか
規格品・標準品をそのまま購入する取引は、原則として製造委託に当たりません。ただし、一部でも自社向けの加工を依頼する場合は製造委託に該当します。取適法の対象外でも、取引上の優越的な地位を利用して相手方に不当に不利益を与える行為は、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となることがあります。
原価の内訳はどこまで出してもらってよいですか
理由の説明や根拠資料を求めること自体に問題はない、というのが指針の立場です。問題になるのは、公表資料に基づく説明が出ているのに、過度に詳細な資料や相手が出したくない内部情報を重ねて求め、それを協議の条件にする場合です。
まとめ
- 受諾の可否より先に、その取引が取適法の対象かを取引の内容と規模の組み合わせで確かめる
- 2026年1月1日施行の取適法では、協議に応じない一方的な代金決定が禁止事項に加わり、価格の据置きも「決定」に含まれる
- 労務費上昇分を検討する際は、最低賃金や春季労使交渉の妥結額などの公表資料を判断材料とし、過度な内部情報の開示を協議の条件にしない
- 協議の経過を記録し、要請額の全部または一部を受け入れない場合は、その理由や考え方の根拠を説明する
- 自社が受注側に回り労務費の転嫁を求めるときも、指針が例示する公表資料や相談窓口を活用できる。材料費やエネルギー費については、それぞれの変動を示す資料を別に整理する
編集確認
株式会社恒電社 編集部
製造業の電気設備・自家消費型太陽光の現場に携わる立場から、実務上の誤解を招かないかを確認しています。