適正在庫に一律の公的基準はありません。本記事では、一定量を発注して一括で入荷する品目について、欠品と過剰を抑えるために管理する在庫量を、下限と上限の幅で表します。在庫は入荷した直後にいちばん多く、次の入荷の直前にいちばん少なくなります。上下を必ず繰り返すため、決めるのは幅になります。
自社で決める必要があるかどうかは、発注の判断が担当者の勘に寄っているかで見分けられます。「そろそろ少ないから頼む」で回っている品目があれば対象です。ここでは、品目別の幅を計算し、その結果を工場全体の在庫金額でも確かめる順序で説明します。
数える対象の決め方、下限と上限の計算、金額での確認、表計算ソフトへの落とし込みまでを、架空の工場の数字で追います。
適正在庫は数量ではなく「幅」で決まる
適正在庫は、下限と上限の2つの数字で表します。下限は、入荷が届く直前に残っている量です。上限は、入荷が届いた直後の量になります。
この幅を1つの数量に丸めると、現場が困ります。「適正在庫は2,000個」と決めても、在庫は2,000個で止まりません。減り続けて発注し、届いて増えます。止まらない数字を1点で管理しようとすると、常にどこかがずれている状態になります。

図1のとおり、在庫はのこぎりの歯の形で動きます。谷の底が下限、山の頂点が上限です。発注してから届くまでの日数を調達期間と呼びます。調達期間中の通常の使用量を賄う基準が発注点で、下限に置く安全在庫は使用量の上振れや納期の遅れに備える余裕分です。
幅で持つと、点検する場所がはっきりします。発注点を下回ったのに発注していなければ、判断が遅れています。下限を割ったときは、納期の遅れ、使用量の上振れ、在庫差異などを確認します。上限を超えたときに見るのは、発注量、早着、返品、使用量の下振れです。
定期発注、分納、受注生産の品目には、この幅の考え方がそのままは当てはまりません。ここでいう上下限は管理上の基準であり、使用量や納期が変動すれば実在庫は一時的に外れます。
まず「何を在庫として数えるか」をそろえる
計算の前に、数える範囲を決めます。ここがそろっていないと、現場の数量と経理の金額が合いません。
範囲の手がかりは法令にあります。法人税法施行令第10条は、棚卸資産(たなおろししさん。決算で数量と金額を確定させる資産)として7つの区分を挙げています。
商品または製品、半製品、仕掛品〈しかかりひん〉、主要原材料、補助原材料、貯蔵中の消耗品、これらに準ずるものです。副産物と作業くずも、この「商品又は製品」の区分に含まれます。
←→ 横にスクロールできます
| 法令の区分 | 工場での呼び方 | 数え忘れやすいもの |
|---|---|---|
| 商品または製品 | 完成品、出荷待ち | 副産物、作業くず |
| 半製品・仕掛品 | ライン上、工程間の置き場 | 外注先にある自社所有分 |
| 主要原材料・補助原材料 | 資材置き場の材料 | 接着剤、塗料などの副資材 |
| 貯蔵中の消耗品 | 未使用の刃物、工具、梱包材 | 倉庫の奥に眠っている分 |
作業くずや外注先にある自社所有分まで含めると、現場の感覚より対象は広くなります。表の右列に挙げたものが棚卸資産に当たるかどうかは、性質や使用状況によって変わる部分です。範囲は経理に確認します。
幅を計算する対象は、まず主要原材料や製品など影響の大きい品目から選びます。そのうえで、欠品したときの影響や在庫金額に応じて、半製品、仕掛品、補助材料へ広げます。
経理には、決算で棚卸資産に含める範囲と評価方法を確認します。会計上の範囲と、日々の発注で管理する対象は必ずしも一致しません。会計上の範囲は、後の在庫率の比較で、分子となる棚卸資産の範囲をそろえるために使います。
下限と上限を計算する
幅は2つの部品の足し算で出ます。1つは使えば減る分、もう1つは切らさないために置いておく分です。前者をサイクル在庫、後者を安全在庫と呼びます。
適正在庫の上限 = 安全在庫 + 1回の発注量
言葉にすると、下限は「いちばん減ったときに残っていてほしい量」、上限は「そこに1回分の発注が届いた量」です。必要な数字は4つだけになります。
- 1日の平均使用量:生産計画か出庫実績から出します
- 調達期間:発注してから入庫するまでの日数です
- 1回の発注量:ロット、最低発注量、コンテナ単位などで決まります
- 安全在庫:別に計算して持ってきます
安全在庫の計算式は、発注点方式か定期発注方式か、また使用量と調達期間のどちらが変動するかによって変わります。方式ごとの式と3つの数字の取り方は安全在庫の計算式は?安全係数・ばらつき・調達期間の3つの数字の取り方で扱っています。ここでは計算済みの数値を持ってきました。
架空の工場で当てはめます。1日の平均使用量200個、調達期間10日、1回の発注量3,000個、安全在庫600個とします。下限は600個、上限は3,600個です。発注の合図になる発注点は、調達期間中に使う2,000個に安全在庫600個を足した2,600個になります。
使用量が一定で、3,000個を一括で補充し、欠品しないと仮定した理論上の平均在庫は、3,000÷2+600で2,100個です。1日200個使うので、日数に直すと10.5日分になります。個数は発注点や上下限との比較に使えます。品目間で多寡を比べるときや、工場全体への影響を見るときは、日数や金額にも直します。
調達期間の実績を持っているのは購買担当、使用量は生産管理です。
工場全体の金額でも確かめる
品目別に決めた幅が回っているかどうかは、欠品の件数、納期の遵守、滞留日数で確認します。これとは別に、工場全体の在庫金額が売上に対してどれくらいあるかを見る補助指標が在庫率です。
この式は財務省の法人企業統計調査が使っている定義です。同じ式で自社を計算すれば、統計値との参考比較ができます。
在庫率の推移(全産業)
※ 在庫率=期末の棚卸資産÷売上高×100。全産業から金融業、保険業を除く
データを表で見る
←→ 横にスクロールできます
| 年度 | 在庫率(%) |
|---|---|
| 2020年度 | 8.8 |
| 2021年度 | 9.2 |
| 2022年度 | 9.5 |
| 2023年度 | 9.5 |
| 2024年度 | 9.6 |
2020年度から2024年度までの5年度分を見ると、在庫率は8.8%から9.6%へ上昇しました。なお、2022年度と2023年度はいずれも9.5%でした。
9.6%を月平均の売上高で換算すると、およそ1.2か月分にあたります。9.6を100で割って12か月を掛けるだけです。ただしこれは売上高に対する換算であり、在庫が何か月使えるかを示す保有月数ではありません。
先ほどの工場が、期末の棚卸資産1億2,000万円、年間の売上高10億円だったとします。在庫率は12.0%で、月平均の売上高に対して約1.4か月分です。全産業の集計値を2.4ポイント上回りますが、この差だけで過剰在庫とは判断できません。
差の中身を見るときは、品目ごとの日数と在庫金額の両方で並べ替えます。全体への影響が大きい品目がないかを確認する手順です。並べ替えの方法はABC分析で在庫管理を仕分ける。金額と停止影響で見る分類基準と棚卸しの実務で整理しています。
表計算ソフトには5列で入れる
品目が増えると手計算では追えません。上下限と発注点の基準値を計算するため、まず次の5列を入力します。実際の発注判定には、後述する現在庫、発注残、引当済み数量の列も追加します。
←→ 横にスクロールできます
| 列 | 入れる数字 | 取得先 |
|---|---|---|
| A 品目コード | 社内の管理番号 | 生産管理 |
| B 1日の平均使用量 | 出庫実績÷稼働日数 | 生産管理 |
| C 調達期間 | 発注から入庫までの日数 | 購買 |
| D 1回の発注量 | ロット、最低発注量 | 購買 |
| E 安全在庫 | 計算値 | 生産管理 |
残りは計算式で出します。下限はE列、上限はE列+D列、発注点はB列×C列+E列です。列を足すなら、平均在庫(D÷2+E)と日数(平均在庫÷B)の2列を加えます。

図2のとおり、入力する4つの数字が決まれば、下限・上限・発注点は計算で出ます。
- まず10品目だけで作ります:金額の大きい順に選ぶと、全体への効き方が早く分かります
- 現在庫、発注残、引当済み数量の3列を置きます:引当済み数量は調達期間内に出庫が予定されている確定分を対象とし、「現在庫+発注残-対象期間内の引当済み数量」が発注点を下回った品目に色を付けます
- 月に1回、B列とC列を更新します:使用量と調達期間はどちらも動きます
- 日数の列が長い品目を毎月1つ選び、原因を確認します
発注残の列を落とすと、まだ届いていない分が見えず、同じ品目を二重に発注するおそれがあります。
更新を止めれば、この表は数か月で使えません。調達期間が延びたのに古い日数のままだと、発注点が実態より低くなります。
日数が長いまま動かない品目は、そもそも使う予定が消えている場合があります。判定と処分の進め方は滞留在庫対策。判定基準から処分・転用・値引きの判断、発注ルールの見直しまでにまとめています。ほかの在庫の論点は在庫のテーマ一覧から探せます。
よくある質問
適正在庫と安全在庫は何が違いますか
安全在庫は適正在庫の一部です。安全在庫は、使用量のばらつきや調達の遅れに備えて置いておく量で、幅の下限にあたります。適正在庫は、そこに1回分の発注量を足した上限までを含む範囲を指します。
在庫率は何%なら適正だと言えますか
公的な基準値はありません。財務省の法人企業統計調査で分かるのは、金融業と保険業を除く全産業の2024年度の在庫率が9.6%だったという実績値です。比較は全産業平均だけで終わらせず、自社の前年同期や計画値とも並べます。そのうえで、生産量、価格、品目構成の変化を分けて確認します。
品目が多くて全部は計算できません
最初は10〜30品目に絞ります。選ぶ基準は3つあり、在庫金額が大きい品目、欠品すると生産停止に直結する品目、調達期間が長い品目です。金額だけで選ぶと、安くても代替できない部品が漏れます。残りの品目にも最低限の発注点を置き、順に見直します。
まとめ
- 適正在庫は1つの数量ではなく、下限(安全在庫)と上限(安全在庫+1回の発注量)の幅で決めます
- 数える範囲は法人税法施行令第10条の7区分を手がかりにし、該当するかどうかは経理に確認します
- 必要な数字は1日の平均使用量、調達期間、1回の発注量、安全在庫の4つです
- 品目間で比べるときや工場全体への影響を見るときは、日数か金額に直します
- 在庫率(棚卸資産÷売上高×100)の2024年度の全産業の集計値は9.6%で、月平均の売上高に換算すると約1.2か月分です
出典:財務省「法人企業統計調査(令和6年度年次別調査)」第1表・第9表/e-Gov法令検索「法人税法施行令」第10条・第28条(2026年7月31日施行時点)
この記事の確認方法
株式会社恒電社 編集部
法令・告示・公的統計・白書など、国や行政が公表している原典にあたり、出典・前提条件・数字の扱いを編集部で確認しています。